W.H.Bussey, The origin of mathematical induction, The american mathematical monthly, vol.XXIV, No. 5, 1917. に沿ってパスカルとマウロニクスの帰納法に相当すると考えられることもある箇所を見ていく1. 私自身はこれらの用法と現代的な帰納法の用法の間には大きな隔たりがあり、彼らを単純に帰納法の創始者と位置付けることはできないと考えている。この点については後の記事で述べる。 パスカルが帰納法を用いたと紹介されることがあるがより正確には以下のようである.
- Moritz CantorはVorlesungen über Geschichte der Mathematik,(数学史講義)でパスカルが完全帰納法の方法の創始者であると述べている2。
- 彼はZeitschrift für Mathematischen und Naturwissenschaftlichen Unterricht3でG. Vaccaの指摘に基づいてこの意見を訂正をしている。
- 指摘は Maurolycusが1575年に帰納法の方法に言及し, 使用しているというというものである. つまり(彼によれば)Maurolycusが創始者であることになる.
カントールの言葉を翻訳しておく. この引用テキストは論文に載っているものである.
私はG.Vacca氏によってMaurolycusが1575年の著書『算術』で既に詳細な方法を説明し,それを使用していたということに気づかされた. パスカルは初めてマウロニクスによる方法を取り上げた. パスカルは1659年に命題 2[n(n+1)/2]-n=n2について明示的にマウロニクスに言及している. この命題は完全帰納法によって直接に証明されているものである. (p. 200)
マウロリウスがどのように帰納法と呼ばれているものを用いているかを論文に沿って見ていこう.
記号 論文で用いられている現代風の表記は以下の通り.
次の命題6がマウロリクスが帰納法を使っていると考えられる箇所の一つである. その証明中では命題4が使われている. これら命題番号はマウロリクスの付けた番号である5.
命題4 奇数は単位に順に2を足すことによって得られる.
命題6 任意の整数にその直前の整数を足したものは平行する(corateral, p.201の図を参照)奇数に等しい.
命題6は記号化すると である.
論文著者によるマウロリクスの証明の意訳をさらに日本語訳しておく.
単位数(1のこと)に加えられた整数2は整数3を作り出す. しかし2が3に加えられた時には2だけ大きい量を作り出し,(命題4によって)この量は後続する奇数,つまり5である. さらに2に加えられた3は5であるので, これは付随する奇数である. 整数3が4に加えられた時, 生じた結果は2だけ大きい. つまり命題4によってその量は次の奇数である7である. そして命題が主張するように同様の仕方で無限に続けられる. (p.201)
現代から見るとどこが帰納法での証明になっているのか正直よくわからない. 論文の著者は次のようにマウロリクスのアイデアを整理している.
(Base Case) 2+3=5.
(Step Case)
もし ならば, 左辺に1+1を足し右辺に2を足すと
. 命題4より
. よって
.
この例だけではマウロリクスを帰納法の創始者とするには弱すぎる. 次の記事ではマウロリクスの別の命題を見ていく.
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論文は以下で読むことができる. https://www.jstor.org/stable/2974308?seq=1#metadata_info_tab_contents↩
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Vorlesungen über Geschichte der Mathematik : Cantor, Moritz Benedikt, 1829-1920 : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive, Vol.II, p.749. 著者であるMoritz Cantorは数学史研究者であり集合論で有名なカントール(Georg Cantor)とは別人.↩
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Vol.XXXIII (1902).↩
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一方の部分がより長い数. 現代では馴染みのない名前であるがボエティウスの『算術』にも現れている. http://monumenta.ch/latein/text.php?tabelle=Boethius&rumpfid=Boethius,%20De%20Arithmetica,%202,%20%20%2031&nf=1↩
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マウロリクスの『算術』についての紹介記事がある. https://www.maa.org/press/periodicals/convergence/mathematical-treasures-franciscus-maurolycuss-arithmeticorum-libri-duo↩