Asinus's blog

西牟田祐樹のブログです。

イシドルス『語源』翻訳 VIII-5: 11-25『キリスト教の異端について』

はじめに

テキストはOroz Reta J. and Marcos Casquero, M.-A (eds), Etymologias: Edition Bilingüe, Madrid, 1983. を使用した。Berney, Lewis, Beach and Berghof, The etymologies of isidore of seville, Camblidge University Press, 2006の英訳を参照した。

内容が理解しやすいよう適宜改行を行なった。

脚注は不完全であり改訂予定である。

イシドルス『語源』翻訳 VIII-5: 1-10『キリスト教の異端について』 - Asinus's blog

翻訳

ヴァレンティノス派(Valentinianus)はプラトンの信奉者であるヴァレンティノスに由来してそのように呼ばれる1。彼は創造主である神の起源においてある種の時代であるαἰῶνες(アイオーン)2を導入した。さらに彼らはキリストは肉体については処女から何も受け取っていないが、管のようなものを通じて彼女を通して来たのだと主張した。

アペレス派(Apellita)はアペレス3創始者であった。彼は、至高の神の下にある栄光ある天使4を[この世界の]創造主としており、この火のような存在がイスラエルの律法での神5であると主張した。そして「キリストは真実には神ではなく、幻において現れた人間である」と言った。

アルコーン派(Archontiacus, cf. ἄρχων, 統治者)は権天使(principes, ἀρχαί)に由来してそのように呼ばれる。彼らは大天使たちの使命は神の創造した宇宙を守ることであると論じている。

アダム派(Adamianus)はアダムの裸(アダムが裸でいたこと)を真似ていることからそのように呼ばれる。それゆえ彼らは裸で祈り、そして男も女も裸で集会をしている。

同様に、カイン派(Caianus)はカイン6を崇拝していることからそのように呼ばれる。

セツ派(Sethianus)はセツ7と呼ばれるアダムの息子に由来してその名を得ている。彼らはセツとキリストが同一だと言っている。

メルキゼデク派(Melchisedechianus)は、彼らが神の祭司であるメルキゼデク8は人間ではなく、神のものである力天使(virtus)であると信じていることからそのように呼ばれる。

天使派(Angelicus)は天使を崇拝することからそのように呼ばれる。

使徒派(Apostolicus)はいかなる自分の所有物も持たず、この世で何かを所有しているような人を決して[自分たちのグループに]受け入れないので、そのように名乗っている9

ケルド派(Cerdonianus)はケルドという人に由来してそのように呼ばれる。彼らは二つの反対である原理があると主張した。

マルキオン派(Marcionista)はストア派の哲学者であるマルキオン10に由来してそのように呼ばれる。彼はケルドンの教義の信奉者である。彼はあたかも創造の原理と善の原理の二つの原理のように、一方は善なる神、もう一方は正しい神がいるということを主張している。

アルトテュロス派(Artotyrita)は彼らの聖餐に由来してそのように呼ばれる。なぜならパン(cf. ἄρτος, パン, アルトス)とチーズ(cf. τυρός, チーズ、テュロス)を[聖餐として]供しているからである。彼らは初めの人間たちは大地の実りと羊の実りによって供犠を行っていたと言っている11

アクア派(Aquarius)は聖餐杯に水(aqua)のみを供することからそのように呼ばれる。

セウェロス派(Severianus)はセウェロスが創始者であり、彼らは葡萄酒を飲まず、古い契約12と復活[の教義]を受け入れない。

タティアノス派(Tatianus)とはタティアノスという人に由来してそのように呼ばれる。彼らはEncratitae (ἐγκρατῖται, cf. ἐγκράτεια, 抑制)とも呼ばれる。なぜなら肉を忌み嫌っているからである。


  1. cf. ヒッポリュトス『全異端論駁』6. 29 (大貫隆訳)
    ピュタゴラスプラトンの教説は、要点を絞って通観すると、ほぼ以上のような構成であった。ヴァレンティノスは両者のこの教説を受け取って自分の党派を率いたのであり、福音書からそうしたのではなかった。従って、彼は正しくはピュタゴラス教徒あるいはプラトン教徒と呼ばれるべきではあっても、キリスト教徒と呼ばれるべきではないであろう。」

  2. cf. エイレナイオス『異端反駁』11:1-12:4.

  3. cf. エウセビオス『教会史』V-13.

  4. デミウルゴスのこと。

  5. cf. 『出エジプト記』3:2.

  6. 『創世記』4.

  7. 『創世記』5:3-8.

  8. 『創世記』14:18-20, 『詩篇』110:4, 『ヘブル人への手紙』5:6. メルキゼデクの名は聖書全体に3箇所だけしか表れていない。

  9. cf. 『マルコ福音書』6:7-9及び並行箇所。またこの箇所はQ文書に由来すると考えられている。「十二人」とは使徒のことである。
    「さて、彼は十二人を呼び寄せる。そして彼らを二人ずつ遣わし始めた。また、彼らに穢れた霊ども[に対する]権能を与えるのであった。そして彼らに指図して、道中は一本の杖のほかには何も携えないように、パンも、皮袋も持たず、帯の中には銅貨も入れず、ただ皮ぞうりをはき、そして「下着も二枚は身にまとうな」[と命じた]。」(新約聖書翻訳委員会訳)

  10. マルキオン正典の編纂を行った。テルトゥリアヌスの『マルキオン論駁』で詳しく批判されている。

  11. cf. 『創世記』4:3.
    「日を経てのこと、カインは大地のみのりの中からヤハウェに献げ物を携えて来た。アベルもまた、彼の羊の初子の中から、しかもその肥えたものの中から、[献げ物を]携えて来た。」(旧約聖書翻訳委員会訳)

  12. Vetus Testamentum (旧約).