はじめに
テキストはOroz Reta J. and Marcos Casquero, M.-A (eds), Etymologias: Edition Bilingüe, Madrid, 1983. を使用した。Berney, Lewis, Beach and Berghof, The etymologies of isidore of seville, Camblidge University Press, 2006の英訳を参照した。Oroz Reta J. and Marcos Casqueroの西訳とIsidoro di Siviglia, Etimologie o origini, primo volume, a cura di Angelo Calastro Canale, UTET, 2004.の伊訳も参照した。
今回は福音書の後の最後の部分を訳出する。 前節はこちら。
イシドルス『語源』翻訳 VI-2: 1-7『聖書の著者と名称について』 - Asinus's blog
イシドルス『語源』翻訳 VI-2: 8-17『聖書の著者と名称について』 - Asinus's blog
イシドルス『語源』翻訳 VI-2: 34-43『聖書の著者と名称について』 - Asinus's blog
詩篇の番号は七十人訳のではなく、ヘブライ語聖書のものを用いる。聖書の引用部分については旧約聖書翻訳委員会訳と新約聖書翻訳委員会訳を参考にした。
内容が理解しやすいよう適宜改行を行なった。
訳註は不完全であり改訂予定である。
翻訳
使徒パウロは14個の書簡を書き記した。それらの内の9つは7つの教会に向けて書いており、残りは彼の弟子であるテモテ、テトス、フィレモンに向けて書いている。ラテン語話者の大部分はパウロがヘブライ人への手紙の著者であるということを疑わしく思っている。これは文体の不一致のためである。ある者はバルナバがこの書を書いたのだと推測し、ある者はクレメンスによって書かれたのだと推測している。
ペトロは彼の名前で二つの書簡を書き記している。これらの書簡はCatholicae (普遍的な,正統教会の[書簡])と呼ばれている。なぜならこの書簡は一つの国民や国家に向けて書かれたものではなく、より普遍的にすべての国民に向けて書かれているからである。
使徒行伝(Auctus Apostolorum)には諸国民におけるキリスト教の信仰の初期段階と教会誕生の歴史が順に語られている。福音書記者ルカが使徒行伝の著者である。この著作には誕生した教会の幼児期(infantia)について綴られており、使徒たちの生涯[についての記述]が含まれている。それゆえ使徒行伝(Auctus Apostolorum, 使徒たちの活動)と呼ばれるのである。
福音書記者ヨハネが黙示録を書き記した。それは伝えられているところによれば、福音を説いていたためにパトモス島に追放されていた時に書き記したのである1。ギリシア語であるApocalypsis(ἀποκάλυψις)はラテン語ではrevelatioと翻訳される。なぜならevelatio(覆いを取ること)とは隠されていたものが明らかになることであるからである。ヨハネ自身も次のように言っている通りである、「イエスキリストの黙示[である]、自分の僕たちに示すために、神が彼(イエス)に与えたものである。」(Apocalypsin Iesu Christi, quam dedit illi Deus palam facere servis suis)2
これらが聖書の著者たちである。彼らは聖霊によって語り、我々を教育するために生の規範と信仰基準を書き留めているのである。
これら[聖書正典]の他には、アポクリュファ(apocrypha, 外典)と呼ばれている書物がある。アポクリュファ(cf. ἀπόκρυφον, 隠されたもの)、つまり秘密のもの(secreta)と呼ばれるのは疑いのもとにあるからである。なぜなら、それらの文書の起源は隠されており、[教会の]父たちにとっても[文書の著者は]明らかではないからである。彼ら[教会の]父たちから文書の真正性を伝える権威は、最も確実で知られている継承によって我々の下にまで至っているのである。このアポクリファにも、いくらかの真理は見出される。しかし多くの誤謬のゆえに、これらの文書にはいかなる正統教会の権威もない。思慮のある者は、その文書が帰された者によって書かれたとは信じられるべきではないと判断している。異端者によって預言者の名前で多くの著作が生みだされており3、使徒の名前でより最近の著作が生み出されている4。これらの使徒の名によるすべての著作は、細心の吟味によって、正典の権威からアポクリュファの名で遠ざけられている。