はじめに
テキストはOroz Reta J. and Marcos Casquero, M.-A (eds), Etymologias: Edition Bilingüe, Madrid, 1983. を使用した。Berney, Lewis, Beach and Berghof, The etymologies of isidore of seville, Camblidge University Press, 2006の英訳を参照した。Oroz Reta J. and Marcos Casqueroの西訳とIsidoro di Siviglia, Etimologie o origini, primo volume, a cura di Angelo Calastro Canale, UTET, 2004.の伊訳も参照した。
内容が理解しやすいよう適宜改行を行なった。
翻訳
28.『天文学の理論について』
天文学の理論は非常に多くの種類[の問題]からなる。つまり、天文学の理論は次のことを定める。宇宙とは何であるか、天とは何であるか、天球の位置と運行とは何であるか、天と極の軸とは何であるか、天の地帯とは何であるか、太陽と月と星の運行とは何であるか、等々である。
29. 『宇宙とその名称について』
宇宙(mundus)とは天と地と海と星の全体からなるものである。この総体が宇宙と呼ばれるのは常に動いている(motus)からである。なぜならこれら宇宙の構成要素にはいかなる休息も許されてはいないからである。
30. 『宇宙の形について』
宇宙の形は以下のように記述される。宇宙は北の地帯が高くなっている分、南の地帯が低くなっている。いわば、宇宙の頭と顔であるのは東の地帯であり1、最も高い(ultimus)のが北の地帯である。
31. 『天とその名称について』
哲学者たちは天(caelum)とは球形で2回転し、輝くものであると言っている。そして、caelumという名前で呼ばれるのは、あたかも彫刻された(caelatum)容器のように、星の刻印があるからである。つまり、神は天を、輝く光によって装飾し、 太陽と月の輝きによって満たし、煌めく星からなる輝く星座で飾ったのであった。
caelumはギリシア語ではὁρᾶσθαι、つまり、見ることに由来してοὐρανός(ウラノス)と呼ばれる。なぜなら、大気は見通すことができるほどに透明であり、非常に澄んでいるからである。
32. 『天球の位置について』
天球は球形をしている。その中心にある地球はすべての方向で等しく限定されている。天球には始点も終点もないと言われている。なぜなら球のように球形であるので、どこから始まりどこで終わるかということは、簡単には把握されないからである。
哲学者たちは宇宙にある七つの天3、つまり調和した運動をなす惑星を導入した。そして彼らはすべての運動がこれら惑星の軌道と結び付いていると述べている。これらの軌道は互いに結びついており、あたかも互いに挿入されているようであると彼らは考える。また、逆向きに回り、他の天球に対する反対方向の運動によって動かされていると考えている。
33.『天球の運動について』
天球の運動は二つの極(axis)の周りで起こる4。一方は北極である。この極は決して沈まず、ボレウス5と呼ばれる。他方は南極である。この極は決して見ることができず6、アウストロノティウスと呼ばれる。これら二つの極の周りで天球は運動するのだと言われている。そしてこの運動に伴い、天球に固定された星々は東から西へ円運動し、極に隣接する北側の運行においては、より短い円運動をなすと言われている。
34.『天球の運行について』
天球は東から西へ昼夜24時間の間に一回の回転をする。この期間内に太陽は自分も回転しながら、大地(地球)の上と下への運行を終わらせるのである。
35. 『天の速さについて』
天球は非常に速く運行するので、この急激な運行と反対方向に、運行を遅らせる星々が動いていなかったとしたら、宇宙は崩壊していただろう。
36. 『天の軸について』
軸(axis)とは天球の中央を貫いて伸びている直線のことである。axis(軸、車軸)と呼ばれるのは球がそれに沿って車輪のように回転するから、あるいは大熊座(plaustrum, 荷車)がそこにあるからである。
37. 『天の極について』
極(polus)とは軸の周りを動いている円のことである。その一方は北極である。この極は決して沈まず、ボレウスと呼ばれる。他方は南極である。この極は決して見ることができず、アウストロノティウスと呼ばれる。そして、polusと呼ばれるのは、荷車の用法でいう軸の周りの円であるからである。polusはpolire(磨くこと)に由来してそのように呼ばれる7。ボレウスは常に見える一方で、アウストロノティウスは決して見えない。これは天の右側8の方がより高く、南側が押さえつけられているからである。
38. 『天の蝶番について』
天の蝶番(cardo)とは軸の両端のことである。cardoと呼ばれるのはこれの周りで天が回転する、あるいは蝶番が心臓(cor)のように回転するからである。
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ウェルギリウス『農耕詩』1. 240. (小川正廣 訳)
「天球は、スキュティアとリパエイの峰々に向かって険しく昇っていき、南のリュビアの土地のほうに低く傾いて沈んでいる。」↩ -
cf. アリストレス『天について』286b10 (池田康男 訳)。
「また、天は球形でなければならない。なぜなら、これは天の本質に最もふさわしい形で、本性上、第一の形だからである。」↩ - 水星、金星、火星、木星、土星、太陽、月の七つ。↩
- axisは基本的に軸と訳しているが、ここは文脈上の意味やIII-37との整合性を考慮して極と訳すことにする。III-37の説明はここでの説明と部分的に同一であるにも関わらず、polus(極)が主題になっている。↩
- ギリシア語のボレアス(Βορέας)は北風(の神)を意味する。ローマ神話では南風(の神)はアウステル。↩
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ウェルギリウス『農耕詩』1. 243. (小川正廣 訳, 括弧は記事作者による)
「こちら側の天極(北極)はつねにわれらの頭上にあるが、あちらの極(南極)は、われらの足下で、暗欝なステュクス川と深淵の死霊たちが眺めている。」↩ -
ラテン語のpolusはギリシア語のπόλος(軸、極)に由来する。πόλοςはπέλω (become)の語根と関連する (Canale, p.322)。
ここでpolusがpolireと関連づけられている理由はよくわからない。↩ - 北側のこと。天球上を周る太陽から見ると、北は右であり、南は左である。↩