Asinus's blog

西牟田祐樹のブログです。

文学作品に現れたイシドルス

イシドルスに言及している文学作品を以下に挙げる1。訳やページ番号は参考文献のものを用いてる。文献の注釈や解説も参考にさせてもらった。この記事は随時更新します。

スペイン

『エル・シードの歌』

エル・シードの歌(我がシードの歌)はレコンキスタ最高の騎士といわれるロドリーゴ・ディーアス・デ・ビバールを主人公とした史実とフィクションを織り交ぜた英雄叙事詩である。舞台はイベリア半島である。 シードの君主であるアルフォンソ王(アルフォンソ6世)が何度もイシドルスの名を口にする。「聖イシドルスよ助けたまえ!」(p.119), 「創造主に感謝したてまつる またレオーンの聖イシドルスにも」(p.157), 「聖イシドルスにかけて絶対に さような事をしてはならぬ!」(p.247), 「この法廷の秩序を乱すものがあれば その者はわが君寵を失い 国外に追放されることを 聖イシドルスに誓って命ずる」(p.255),「レオーン国の守護者 聖イシドルスに誓って申すが 我が領土広しといえども この勇者の右に出る者はありえぬ。」(p. 285)。レオーンの聖イシドルスと言われるのは、アルフォンソ6世の父フェルナンド1世が1063年にイシドルス聖遺物を奉還したため。第三歌でのイシドルスへの言及(p.255)の舞台は、王が開いたトレドでの宮廷会議である。イシドルスがトレド教会会議を主導したことから、王がイシドルスにかけて誓うのに格好の舞台になっている。  

イタリア

ダンテ『神曲

天国編第10歌でトマス・アクィナスが紹介する12人の魂の内の9番目がイシドルスである。「またその先を見てくれ、イシドルス、ベダ、そして思弁にかけては人間の域を超えたリシャールの熱烈な息吹きが炎となって燃えている」(p.133)。ちょっとした登場であり、ここ以外には出番はない。

ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説』

さまざまな著作者の資料が引用されているが、その中にイシドルスの『諸聖人の出自と生涯と死』が含まれている (84. 聖ペテロ)。また、13Cの著作であることもあり、聖人の紹介の初めに名前の(民間)語源の説明がなされる点が、イシドルスの『語源』と同じ形式である。例として第三章、聖ニコラウスの冒頭を引用する。「ニコラウス(Nicolaus)は、<勝利>を意味するnicosと<民衆>を意味するlaosとに由来し、したがって民衆の、すなわち通俗にしてあらゆる悪徳の、克服者を意味する。(中略) あるいは、nicos(勝利)と<称賛>を意味するlausとから来ていて、勝利に輝く称賛を意味する。あるいはまた、<光輝>を意味するnitorとlaos(民衆)とに由来し、したがって、民衆の光輝という意味である。」  

イギリス

ジェフリー・オブ・モンマス『マーリンの生涯』

アーサー王物語の登場人物として知られる予言者メルリヌス(マーリン)を主人公とした叙事詩。物語の中盤で(l.732)、ケルトの有名な吟遊詩人であるテルゲシヌス(タリエシン)がメルリヌスに会いに来る。彼の語りの中で披露される内容の一部はイシドルスの『語源』に依拠している。

(1) メルリヌスがテルゲシヌスにこの後に風と雨雲がどうなるのかについて述べさせるという場面で、テルギシヌスの長い語りの中でイシドルス『語源』12.6「魚について」と14.6「島について」が用いられている (l.940まで)。

(2) 新しい泉が湧き出し、それを飲んだメルリヌスの体液が清澄になり、狂気の兆しが消え失せた。そのあとで、テルゲシヌスが泉と鳥についての自然の知識を語る(l.1179-l.1386)。イシドルス『語源』13.13『さまざまな水について』と12.7『鳥について』が用いられている。

モンマスはイシドルスの記述をすべて用いているのではなく、取捨選択を行っている。さらに、内容が参照されているだけで、表現は異なる。例えばmullus(ヒメジ)は次のように異なる。

マーリンの生涯 l.825-826

Nempe ferunt mullum cohibere libidinis aestum. Sed reddit caecos jugiter vescentis ocellos.

比売知は、事実、情欲の奔騰を抑えるといわれている。だがこれを絶えず食する者の目を盲させてしまう。(六反田 訳)

語源 12.6.25

Mullus vocatus, quod mollis sit atque tenerrimus. Cuius cibo tradunt libidinem inhibere, oculorum autem aciem hebetari: homines vero, quibus saepe pastus, piscem olent. Mullus in vino necatus, hi, qui inde biberint, taedium vini habent.

mullus(ヒメジ)は柔らかく(mollis)とても華奢であることから、そのように呼ばれる。これを食べると、性欲が減衰し、視力が低下すると言われている。頻繁に食べる人は魚の匂いがするとも言われている。ヒメジがワインに漬けられる時、そのワインを飲んだ者は、ワインに対する嫌悪感を抱く。

アルゼンチン

ボルヘス『幻獣辞典』

イシドルスの『語源』が資料として言及されている。以下の項目で言及される。

一角獣、カーバンクル、グリュプス、バジリスク

参考文献

エル・シードの歌、長南実訳、岩波書店、1998.

Oroz Reta J. and Marcos Casquero, M.-A (eds), Etymologias: Edition Bilingüe, Madrid, 1983.

Berney, Lewis, Beach and Berghof, The etymologies of isidore of seville, Camblidge University Press, 2006.

イシドルス『語源』翻訳 IX. 6. 1-6『島について』(イギリス、アイルランド) - Asinus's blog

メルリーヌス伝 (1)、ジェフリー・オヴ・マンマス、六反田収訳、英文学評論 41、pp.41-65、1979. Kyoto University Research Information Repository: ジェフリー・オヴ・マンマス 『メルリーヌス伝』(訳)(1)

メルリーヌス伝 (2)、ジェフリー・オヴ・マンマス、六反田収訳、英文学評論 43、pp.43-72、1980. Kyoto University Research Information Repository: ジェフリー・オヴ・マンマス : 『メルリーヌス伝』(訳)(2)

マーリンの生涯、ジェフリー・オヴ・モンマス、瀬谷幸男訳、南雲堂フェニックス、2009.

神曲 天国編、ダンテ、平川 祐弘訳、河出書房新社、2009.

黄金伝説 1、ヤコブス・デ・ウォラギネ、前田敬作・西井武訳、平凡社、2006.

黄金伝説 2、ヤコブス・デ・ウォラギネ、前田敬作・西井武訳、平凡社、2006.

幻獣辞典、ホルヘ・ルイス ボルヘス柳瀬尚紀訳、河出書房新社、2005.


  1. 作品内で典拠として言及されている場合も含め、著作が文学作品であるかはそれほど拘らないことにする。この記事のリストは網羅的であることは目指さない。