Asinus's blog

西牟田祐樹のブログです。

ガレノスと三段論法第四格について

Wikipediaの三段論法の記事は充実しているが、三段論法第四格について次のように述べられている点は注意を要する1

(なお、第四格は、ガレノスが形式整備のために補完したものである。アリストテレスは、実用性は無いと考え、省いたものと考えられている。)

実はガレノスが第四格を導入したのかどうかということについては込み入った事情があり、ガレノスが導入(あるいは整備)したかどうかはテキストの散逸により断言できない。

判断の材料となる主な資料は以下の通りである。LukasiewitzとRescherの本を参考にした。原典に私訳をつけておく。

 1. アヴェロエスは『分析論前書中注釈』の3箇所でガレノスが第四格を導入したことへのクレジットを与えている。このヘブライ語版がルネサンスラテン語に翻訳された。これに基づいてザバレラが"De quarta syllogismorum figura"で紹介し、「ガレノスの第四格」が西洋で広まった2

もし「AはCにおいてある。なぜならCはBにおいてあり、かつBはAにおいてある」と言うならば、この推論は誰も自然に行わないようなものになるだろう。それゆえ、この推論方式から導出することは必要でない。つまり、「CはAにおいてある。」この言明は次のように言うことに基づいている3。「AはCにおいてある。なぜならAはBにおいてあり、かつBはCにおいてある。」そしてこの推論は思考が自然に従ってなしたようなものではない。このことからガレノスが論じていた第四格が三段論法ではないことは明らかである。

 2. Minodes Mynasが編纂したガレノス"Eisagōgē dialektikē" (Paris, 1844)の序文で逸名著者のギリシア語断片(6 AD ?) を載せている。それによればテオフラストスとエウデモスが間接推論による式としてグループ化したものを後の論理学者が第四格とした。そしてその考えがガレノスに帰された4

テオプラストスとエウデモスは説明のために、アリストテレスの[三段論法]第一格にもう一つのある種の対になるもの(第四格の推論に相当)を付け加えた。これらについては後で説明するつもりである。ある後の人々はこの対になるものを第四格として完成させ、この[第四格の]考えを[発見の]父としてガレノスに帰した。

 3. プラントルが1858年にビザンツの学者Ioannes Italus (11 AD)による論理学著作のギリシア語断片を発見した。それによればガレノスは第四格の存在を教えていた5

これらが三段論法の格である。スタゲイラの人6に反して、ガレノスは三段論法の格について第四格が存在すると言っていた。彼(ガレノス)は論理学の研究を著述した、より昔の人々よりも賢いだろうと考えていたが、[ガレノスは昔の人々に]遥か遠く及ばなかった。

 4. Maximilian Walliesが1899年に逸名著者のギリシア語古註(6 AD or 7 AD?)を出版した7。それによればガレノスは著書"ἀποδεικτική"で[別の意味で]第四格が存在すると述べている。その理由はガレノスがアリストテレスのように3項かつ2前提の単純三段論法ではなく、4項かつ3前提の複合三段論法を考察しているからである。

三段論法のすべての種類について、三段論法には三つの種類がある。定言三段論法、仮言三段論法、付加的容認による三段論法(τὸ κατὰ πρόσληψιν)である。定言三段論法には二つの種類がある。単純定言三段論法と複合定言三段論法である。そして単純定言三段論法には三つの種類がある。第一格、第二格、第三格である。複合定言三段論法には四つの種類がある。第一格、第二格、第三格、第四格である。アリストテレスは単純三段論法に注目して三つの格から構成されていることから三つの格があると述べた。一方、ガレノスは自身の著書 ἀποδεικτικήで複合定言三段論法に注目し、複合定言三段論法が四つの格から構成されており、そのような三段論法をプラトンの対話編に数多く見出したことから四つの格があると述べた。

この証言では第四格とは4項の三段論法の特定の組み合わせでの意味であり、創始者かどうかで問題となっているような第四格のことではない。4項の推論は本質的には伝統的な(3つの格の)三段論法2回の組み合わせで説明される。複合の第四格には通常の三段論法の組み合わせII and III, or III and IIが対応する。

 5. ガレノスは自身の著書『弁証論入門』で三段論法の格は三つのみであると述べている8

既に説明したようにこれらは定言三段論法と呼ばれる。これは既に説明した三つより多くの格から成り立っていることは不可能であり、他の数から成り立っていることも不可能である。このことは『論証について』という覚書の中で証明した。

以上より、ガレノスを第四格の創始者とみなす根拠となるテキストは1と2と3であり、ガレノスを第四格の創始者とみなさないことの根拠となるテキストは4と5である。特に5はガレノス自身の証言であり、検討を要する。

先行研究での見解

Rescherは『弁証論入門』での記述はガレノスが第四格を扱っていなかったいう結論を出すには決定的ではないと言う (p.3)。問題となっている箇所の注13では『論証について』に関する書き方から三段論法の格式については当時議論の的になっていたのだろうと分析している(ibid.)。

the tract in question is but one minor work of a writer who returned to the subject many times over many years, and further that it is a routine textbook or manual devoted to standard fundamentals, not a treatise devoted to any more far-reaching purpose, not a presentation of some novel conception of the matters at issue might be undertaken.

ルカシェヴィッチはガレノスは第四格の創始者ではないと考えている。彼は4のテキストを特に重視して詳しく論じている(pp.39-40)。

考察

ガレノスの『弁証論入門』の記述の信憑性を退けるRescherの論拠は不十分であるように思える。もし『弁証論入門』で『論証について』の言及がなければよくあるテキストブックの定型文言だという説明も成り立つだろう。だがより発展的な内容を含む『論証について』でも格が三つしかないのであれば、ガレノスは入門的な内容ゆえに第四格を除いて単純化しているという見方は成り立たない。

参考文献

Lukasiewics, Aristotle's syllogistic from the standpoint of modern formal logic, Garland publishing, 1987.

Nicholas Rescher, Galen and the Syllogism, University pf pittsburgh press, 1996.


  1. https://ja.wikipedia.org/wiki/三段論法
  2. Prantl, Geschichte der Logik im Abendlande, vol. 1, p.571. テキストは羅訳(Venice, 1553).
    Geschichte der Logik im Abendlande : Prantl, Carl, 1820-1888 : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
  3. 例えば第一格で得られた結論に減量換位を行い、そして単純換位を行う。
  4. Kalbfleischが再録している。K. Kalbfleisch, Über Galens Einleitung in die Logik, 23.
    https://play.google.com/store/books/details?id=eitTAAAAYAAJ&rdid=book-eitTAAAAYAAJ&rdot=1
  5. Prantl, Geschichte der Logik im Abendlande, vol.2, p.302.
  6. アリストテレスのこと。彼はスタゲイラで生まれた (ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』5.1)。彼は第四格を扱わなかった。
    Diogenes Laertius, Lives of Eminent Philosophers, BOOK V, Chapter 1. ARISTOTLE (384-322 B.C.)
  7. In Aristotelis Analyticorum priorum librum I commentarium ... : Ammonios, Hermiae : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
  8. Eisagōgē dialektikē. Galeni Institutio logica; : Galenus. [from old catalog] : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive