Asinus's blog

西牟田祐樹のブログです。

イシドルス『語源』翻訳 VI. 1 『旧約聖書と新約聖書について』

はじめに

テキストはOroz Reta J. and Marcos Casquero, M.-A (eds), Etymologias: Edition Bilingüe, Madrid, 1983. を使用した。Berney, Lewis, Beach and Berghof, The etymologies of isidore of seville, Camblidge University Press, 2006の英訳を参照した。Oroz Reta J. and Marcos Casqueroの西訳とIsidoro di Siviglia, Etimologie o origini, primo volume, a cura di Angelo Calastro Canale, UTET, 2004.の伊訳も参照した。

『語源』第六巻は日本語訳がある。

中世思想原典集成5 後期ラテン教父, 兼利琢也訳

旧約聖書の三部構成と各書名についてはヒエロニュモスの『サムエル記・列王記序文』の内容と並行している。原文はBiblia Sacra iuxta Vulgatam Versionem, Stuttgart: Deutsche Bibelgesellschaft, 2007 [1969]で確認した。日本語訳はヒエロニュムスの聖書翻訳、加藤哲平、教文館、2018 (石川立との共訳)あるいは下記論文で読むことができ、参照した。

同志社大学学術リポジトリ

内容が理解しやすいよう適宜改行を行なった。

翻訳

旧約聖書(Vetus Testamentum, 古い契約)は、新しい契約が到来したことによって、[元々の契約が]失効したことに由来してそのように呼ばれる。このことについて使徒[パウロ]は次のように語る時に念頭に置いているのである1

「古きものは過ぎ去った。見よ、新しくなってしまったのである。」(vetera transierunt, et ecce facta sunt nova.)

そして新約聖書(Novum Testamentum, 新しい契約)は更新すること(innovare)からそのように呼ばれる。なぜなら人は古さから恩寵によって新たにされ、新しい契約、つまり天の国に既に至ることなしにはそのこと2は理解されないからである。

ヘブライ人たちはエズラ(Esdra) 3創始者として、旧約聖書として彼らの文字の数と同数の22の書物4を受け入れている。そして旧約聖書を三部分に分割している、つまり律法と預言書と聖文書(hagiographorum)である。

第一部である律法では5つの書物が受け入れられている5。それらの内で第一はブレシート(Bresith, בְּרֵאשִׁית)6であり、『創世記』のことである。第二はヴ・エーッレ・シェモート(Veele Semoth, וְאֵ֗לֶּה שְׁמֹות֙)であり、『出エジプト記』のことである。第三はヴァイエクラ(Vaiicra, וַיִּקְרָא)であり、『レビ記』のことである。第四はヴェミドバル(Vaiedabber, בְּמִדְבַּ֥ר)であり、『民数記』のことである。第五はエーッレ・ハ・ドゥバリーム(Elleaddebarim, אֵלֶּה הַדְּבָרִ֗ים)であり、『申命記』のことである。これらがモーセ五書である。ヘブライ人はこれをトーラー(Thora,תּוֹרָה, 律法)と呼び、ラテン語圏の人々はLex(律法、法)と呼ぶ。そして厳密な意味でのLex(法)とも呼ばれる。なぜならモーセによって与えられたものだからである。

第二部である預言書には8つの書物が含まれている。第一はヌンの子ヨシュア(Iosuae Benun, ヨシュア記)であり、ラテン語ではIesu Naveと呼ばれている。第二はソプティーム(Sophtim, שׁוֹפְטִים), つまりIudicum(士師記)である。第三はサムエル(Samuel, サムエル記)、つまりRegum primus(諸王国の第一)である。第四はマラヒーム(Malachim, מְלָכִים, 列王記)、つまりRegnum secundus(諸王国の第二)である。第五はエサイアス(イザヤ書)である。第六はイエレミアス(エレミア書)である。第七はエゼキエル(Ezechiel, エゼキエル書)である。第八はタレアザル(Thereazar, תְּרֵי עֲשַׂר, 十二預言書)、これはDuodecim Prophetarumと呼ばれる。この[12の]書物は1つの書物として考えられている。なぜなら[それぞれが]短いのでまとめられているからである。

第三部は聖文書(hagiographorum)、つまりsancta scribentiumである。聖文書には9つの書物が含まれている。第一がヨブ(ヨブ記)である。第二が詩篇(Psalterium)である。第三がマスロット(Masloth, מִשְלֵי, 箴言)、つまりProverbia Salomonis(ソロモンの箴言)である。第四がコヘレト(Coheleth)、つまりEcclesiastes(伝道の書)である。第五がシルハッシリーム(Sir hassirim, שִׁיר הַשִׁירִים, 雅歌)、つまりCanticum canticorum (歌の中の歌)のことである。第六がダニエル(Daniel)である。第七がダブレヤミン(דִּבְרֵי־הַיָּמִים)、つまりverba dierum (日々の言葉)であり、これはParalipomenon (Παραλειπομένων, 歴代誌)という。第八はエスドラス(Esdras, エズラ記)である。第九はヘステル(エステル記)である。これら[三つの部分]全ての5と8と9を合わせると上で述べたように22となる。

ルツ記とキノット(哀歌)7を聖文書に加え、旧約聖書を24巻とする者たちもいる。この24という数は神の御前にいる24人の長老と同数である8

我々[キリスト教徒]による旧約聖書の配列で、第四部はヘブライ人の正典に含まれていない書物である9。その第一が知恵の書(Sapientiae liber, ソロモンの知恵)である。第二が集会の書(Ecclesiasticus, ベン・シラの知恵)である。第三はトビア(トビト書)である。第四はユディト(ユディト記)である。第五と第六はマカベア書(第一マカベア書と第二マカベア書)である。ユダヤ人たちはこれらをアポクリファとして分けているけれども、キリスト教正統教会はこれらも神の書物として名誉を与え、説教してもいるのである。

新約聖書には二つの部分がある。第一は福音書である。福音書にはマタイ、マルコ、ルカそしてヨハネがある。第二は使徒書(apostolicus)である。使徒書には次のものが含まれている、パウロの14書簡、ペトロの2書簡、ヨハネの3書簡、ヤコブとユダがそれぞれ1通ずつ、使徒行伝、ヨハネの黙示録である。

[旧約聖書新約聖書の]どちらの聖書全体もそれぞれ三通りに分類される。それは歴史に関して(in historia)、習慣に関して(in moribus)、アレゴリーに関して(in allegoria)の三つである。さらにこれら三つのそれぞれは様々な仕方で次のように分類される。神が言ったことと行ったこと、天使が言ったことと行ったこと、人間たちが言ったことと行ったこと、預言者たちがキリストと彼の肉体について予言したこと、悪魔とその構成要員について、古の人々と新しい人々について、今の世と来るべき世の王国と裁きについて、である。


  1. IIコリ 5:17.

  2. 「古い契約が失効して新しい契約が到来したこと」を指すと解釈する。

  3. cf. ネヘミア8:1-8. エスドラス(Ἔσδρας)はエズラ(עֶזְרָא)のギリシア語訳。語源VI-4も参照。

  4. cf. 『サムエル記・列王記序文』石川・加藤訳注9 (加藤哲平, 2018, p. 272).
    「聖書の文書数を22とする算定はヨセフス(『反論』1.38)に、また22書をヘブライ文字の数から説明する方法はオリゲネス(『フィロカリカ』3、『詩篇注解』[=エウセビオス『教会史』6.25.2])に見られる。」

  5. 以下ヒエロニムスとヘブライ語音訳の表記が若干異なる。以降書名の原文表記はイシドルスのものを記載する。例えば『出エジプト記』はヒエロニムス: Hellesmoth, イシドルス:Veele Semothのように異なっている。ラテン語名も例えば『ヨシュア記』はヒエロニモス: Iesu filio Nave, イシドルス: Iesu Naveのように完全には一致しない。

  6. モーセ五書のそれぞれの書名はヘブライ語での冒頭語句によって呼ばれていた。

  7. 哀歌は「キノット」として、エレミアの作だと考えられていた(石川・加藤訳注参照, p.287)。

  8. 黙示録4:4.

  9. アポクリファ(ἀπόκρυφα)あるいは(旧約)聖書外典と呼ばれている。